
21歳ひきこもりの次男の一週間は、ほとんど変化がありません。家で過ごし、木曜日だけ心療内科へ通院する生活が定着しています。夏から続く便意と腹痛に加え、最近は尿意が自分の意思でコントロールできない状態が続いています。
今回、主治医に状況を伝え、尿が出やすくなる薬を処方されました。しかし翌日から服用すると、一日中尿意に追い込まれる状態になりました。やめたほうがよいのは本人もわかっていましたが、服用を中止する判断はできませんでした。以前、独断で中止した際に主治医に強く注意された経験があり、その影響で自分で決められない状況になっていたのです。結果として、次男はパニック状態に陥りました。
同時に、「泌尿器科を受診したほうがいい」という助言も思い出したようでした。しかし心療内科だけでも負担が大きいのに、他の病院を受診することは想像するだけで気が重くなります。それでも今回は避けて通れませんでした。近くの泌尿器科に電話を入れ、父が車で送ることになりました。父は送って帰宅しましたが、途中で心配になり、再び病院へ付き添うことになりました。
病院へ向かう道のりでは、近くにトイレがないことを考えるだけで、次男は強い不安に襲われ、動けなくなる場面もありました。病院では、検尿を行うのに時間がかかり、苦戦しながらなんとかやり終えました。検査の結果は異常なし。尿を出す薬は中止し、逆に抑える薬へ変更して様子を見ることになりました。
次男の苦しそうな表情を見るたび、母としての無力さを突きつけられます。6年前、不登校だった頃はまだ体を動かす余力がありました。散歩に出たり、自転車で遠くの映画館へ行くこともできていました。今は身体は家にいても、頭の中は常に外の不安でいっぱいです。便意や尿意に振り回され、外に出る選択肢もますます狭まっています。
母はただ見守るしかないのでしょうか。本人が自分の感情と身体感覚をコントロールするしかないのか。そう思い詰めていたとき、次男が「本当に辛い。どうしたらいい?」と私に声をかけました。次男が私に話しかけたのは、どれくらいぶりだったでしょうか。閉じた世界で一人抱え込んでいた彼が、助けを求めたその瞬間、驚きと同時に、まだ回復の力が残っていると感じました。
最悪だった週末から2週間が経過しました。症状はまだ大きく改善していません。完全に元に戻るには時間がかかるでしょう。しかし次男も私も、少し落ち着きを取り戻しました。次男はYouTubeやゲームに意識を向けることで、尿意への執着だけに支配される時間を減らす術を自分なりに見つけたようです。身体的に異常がないことがわかったため、治療の焦点は自律神経の乱れを整えることに絞られました。
心療内科の薬が効き、数か月前から夜は眠れるようになったことも大きな変化です。「寝なければ」という強迫から解放され、睡眠が心を少し軽くしました。もっと早く通院できればよかったかもしれませんが、当時は対人恐怖で外出自体が困難でした。今も外出のストレスは大きいままですが、それでも毎週通院できていることは前進です。「治したい」という本人の気持ちこそが、次のステップへの確かな証拠だと感じています。
母も立ち止まってはいられません。まだ何も達成していません。それでも、あの日次男が助けを求めたことは、確かな希望でした。最悪だったはずの週末に、私は小さな再起動を経験したのかもしれません。これからの道はゆっくりでもかまわない。立ち止まる時間があってもいい。次に進む意思さえ失わなければ、この先は変わり得ると信じています。
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